反対側に落ちたパートナーが、ほんの数メートル横にいた
2016/03/19
一瞬、風のせいで腰が浮き、バランスを崩しそうになった。
腰を落とし、前を行く友人の背中に目をやった。
振り向いた彼が、不意に傾いた。
切り立った稜線の、右側の谷に向かって姿勢を崩した。
身構えたが、実のところ、こうした状況でパートナーが
滑落した経験などなかった。
どうすべきかは本で読んだし、練習もした。
ザイルで自分と結ばれたパートナーが落ちたら、逆側の谷に飛び降りる。
稜線を挟んで、ザイルの両端に自分とパートナーがぶら下がるようにし、
二人が落ちるのを防ぐのだ。
ともかく、彼は落ちた。
意を決する間もなく、飛んだ。
岩が足元を飛び去り、ザックが斜面に当たり、弾み、身体ごと転がった。
衝撃に見舞われ、とんでもない力を感じた。
内臓が暴れ、身体を内側から激しく叩いた。
大変な苦痛だったが、ザイルが伸びきり、反対側に落ちた彼と俺を、
しっかり支えてくれた証拠でもある。
ザックからこぼれた何かが谷底へ消えた。
ピッケルをしっかり両手で握り、全体重をかけて斜面に打ち込んだが、
30キロの体重差を支えられるかどうか、自信はなかった。
反対側に落ちたパートナーが、ほんの数メートル横にいる。
もがきながらザイルをつかみ、必死に引っ張っている。
同じ側の谷に飛び降りれば、普通は二人とも谷底まで落ちるはずだ。
なぜ止まったのだろう。
同じ側に飛び降りた二人は確実に死ぬはずだった。
稜線に登ってからザイルをたどると、小さな岩にザイルが食い込み、
引っかかっていた。
そのおかげで、俺たちは谷底まで落ちるのを免れたらしい。
彼によれば、先に俺落ちたのは俺だった。
彼は俺と逆側の谷に飛び、俺を支えようとしたのだという。
二人の話は、ことごとく食い違った。
落ち着けと彼が言い、お前こそ、と俺が返した。
ザイルが引っかかっていた岩に、非常用の洋酒をふりかけた。
風はやまず、まだ先は長かった。