脇の斜面に突き出た岩に座って飴玉をしゃぶっていると
2016/01/04
足元に何か落ちているのが見えた。
札を折らずに入れられる、大ぶりな財布だった。
難所を越えて、一息入れたくなるような場所には、時折こうした
落し物がある。
俺も以前、私鉄電車の定期券を落としてしまい、下山してから
狼狽した事がある。
数枚の千円札、貸しレコード店の会員証などが入っており、
複数の運転免許証もあった。
複数の、若い男女の運転免許証。
免許証にはどれも、南関東の住所が記されており、その中の一枚に
記された住所は、俺も知っている町だった。
嫌な物を拾ってしまった。
紙幣だけを抜き取ってしまおうかという欲望には、無論駈られた。
免許証が一枚だけだったら、そうしていたかもしれない。
手をつけずに警察に届けようと考え、小さなザックの奥に
財布を押し込んだ。
最寄駅で降り、駅前にある交番に財布を届けた。
拾った場所や、そのときの状況などを説明したが、警官は
財布から出てきた複数の免許証を机の上に並べ、見つめていた。
数日後、見知らぬ人物から自宅に電話が入った。
警察から連絡を受け、俺の連絡先を知らされて電話してきたらしい。
当時の警察は、安易にそうした情報を知らせてしまっていたものだが、
それで物騒な事になるような世の中でもなかった。
財布というより、免許証を拾った事について礼を言われたが
どの免許証について礼を言われているのか、分からなかった。
見知らぬ人物からの電話は、三回。
少なくとも、三枚の免許証は身内のところへ戻ったらしい。
電話してきたのはいずれも、免許証の所有者本人ではなく、その家族。
拾った財布から数枚の免許証が出てきた事を、警察が彼らにどう
伝えたのか、それは分からない。
三回あった電話で、毎回言われた。
「命日に拾っていただけるなんて・・・」