学童疎開していた時苛めを受けていた
2017/06/21
太平洋戦争の終わり頃、学童疎開していた時の話───
間もなく2月になろうかと言う頃、疎開組の男子が一人、地元の餓鬼大将たちに川へ落とされ、
亡くなった。
疎開組と、地元の子供らとは仲が悪かった。
と言うより、幼い頃から野山を駆けずり回って育った田舎の悪童どもに、都会からの疎開組は
体力的に全く歯が立たず、しょっちゅう苛めを受けていた。
なお具合の悪い事に、問題が起きたところで、向こうには両親が付いているが、こちらは引率の
教師しかいない。
この時も、ただ黙って泣くしか出来なかった。
疎開組は笑顔を忘れ、押し黙る事が多くなった。
節分の夜。
形ばかりの豆撒きをした。
畳の上や縁側に落ちている豆を、皆で拾っていると、パラパラン…パラパラン…と音がする。
何かと思ったら、ある女子が境内へ降りる階段の上に立ち、夜空を見上げながら、古びた小さな
玩具のデンデン太鼓を振っていた。
どうしたの?何してるの?
他の女子たちが声を掛けるが、本人はじっと夜空を眺めたまま微動だにせず、時折手を動かして
デンデン太鼓を鳴らしている。
「おい、どうした?」
教師が側に寄ろうとした時だ。
いきなり、その子が境内へ駆け下りた。そして裸足のまま、恐ろしい勢いで門の方へ走って行く。
「待て!!」
しかし、追いつけない。
尋常ではない足の速さだった。
街灯も無い田舎の夜道の事、彼女の姿はすぐ闇に紛れて見えなくなった。
何処へ?
皆が息を切らせながら顔を見合わせていると、暗がりの向こうから、彼女のとてつもない大声が
聞こえて来た。
『…鬼は外!鬼は外!鬼は外!』
ともかくも、彼らは声のする方へ走った。
彼女が叫んでいたのは、件の餓鬼大将の家の前だった。
既に、家の中から父親が出て来ており、彼女に負けない大声で怒鳴り返していた。
「うるせぇ!!この糞ガキが!とっとと帰れッ!!」
しかし、彼女は全く怯まず、いっそう大きな声で叫ぶ。
「鬼は外!鬼は外!鬼は外!」
「こん畜生がァッ!!」
鬼のような形相になった父親が、思わず手を振り上げ、彼女に殴りかかろうとした時だった。
「鬼はここッ!!!」
およそ人の身体から発せられるとは信じがたい程の、それこそ落雷のような大声を彼女が放った。
誰もがビクッとして瞬時に凍りつき、同時に激しい突風が砂塵を巻き上げた。
わずかに間をおいて、糸の切れた操り人形のように、彼女ががっくりと崩れ折れた時、家の中から
誰のものとも分からない長い悲鳴が聞こえた。
その夜、ガキ大将は行方不明になり、翌朝、畑近くの枯れ井戸の中、首の骨を折って死んでいるのが
見つかった。
手には家族の見覚えのない、古びた小さなデンデン太鼓がしっかり握られていたと言う。