俺が乗ったバスは、旧道を行った
2017/04/27
松本まで戻る予定だった。
斜面に沿って刻まれた道路を走る。
窓の外、並行するように走る道路が見える。
尾根を回る都度、近付き、遠ざかり、交わっては離れる。
頑丈なコンクリート製の道路だ。
疲れと眠気。
ぼんやりしていた頭の中で、何かが弾けた。
あれは新道じゃないか。
こっちは旧道。
新道が開通し、旧道が使われなくなってから、どれほど経つのか。
窓から見えるのは、間違いなく新道だ。
俺が乗ったバスは、旧道を行く。
他にも客は居たはずだが、実は覚えがない。
落石がある。
ひび割れもある。
放置された道路はいたんでおり、バスはひどく揺れた。
俺は何もできず、ただバスに揺られている。
やがて、新道と共用のトンネルにバスは入り込んだ。
出口が近付き、白い光に包まれ、トンネルを抜けた。
バスが大きく揺れると、俺は道端に立っていた。
揺れた時に、前の座席を掴もうと伸ばした手の形そのまま、
俺は道端に立っていた。
ザックは足元に転がっている。
呆然としながら、乾いた夏の光の中、妙なことを考えた。
バス代、返せよ。
歩き始めてすぐ、タクシーが近付き、止まった。
ドアを開き、運転手が伸び上がるように声をかけてきた。
「松本まで、お代はいいですから、乗って下さい」
ルームミラーで運転手と目が合ったが、彼は黙って車を走らせた。
ほんの数分で、道端に男の姿を見つけた。
運転手はさっきと同じように声をかけ、その男が乗ってきた。
走り始めてすぐ、運転手が話し始めた。
「今日あたりかなと思って、それで走ってたんです」
相乗りしている男と俺は、顔を見合わせた。
「本当、すみません、よく言っときますんで」
無線機が声を発し、運転手はマイクを手に取った。
「ふたりです」
無線でのやり取りは、それだけだった。
涼しいタクシーの中、全員が黙っていた。
荒れ果てた旧道は左側、斜面に沿って続いている。
松本駅に到着すると、運転手は少し待つよう俺たちに言い、
どこかへ行った。
やがて、多くの土産物を入れた袋を両手に提げて戻った運転手は、
俺たちに袋をひとつずつ渡しながら、またおいで下さいと笑い、
タクシーに乗り込むと走り去った。
いつかあの旧道を、最初から最後まで、歩いてみたいと思った。