クライミングまがいの遊びをしていた
2017/02/26
俺たちはよく、クライミングまがいの遊びをしていた。
登山道から数分だけ外れたところにあり、あまりそこを
知る者は居なかった。
その日、俺は頭上を見上げ、呆れる思いだった。
とんでもない登り方をしている奴が、はるか上に居るのだ。
クライミングにおける基本的な技術として、3点確保、あるいは
3点支持というのがある。
両手両足の4箇所で岩肌に貼り付き、上下左右、どの方向に進むにせよ、
常に3箇所は岩から離さず、片手だけ、あるいは片足だけを動かして
登攀を進める。
フリークライミング等で使われる新たな技術でも基本は同じだが、
うっかりすると、片手一本でぶら下がり、両足を一気に頭上まで
持ち上げるような登り方もする。
俺が呆れている相手は、まさにそうした登り方をしていた。
危なっかしく見え、同時に、姿勢の一つ一つが芸術的だった。
雑誌等で見たことはあったが、それを実際に見るのはその時が初めてだった。
どうやってバランスを取っているのだろう。
腕一本でぶらぶらしながら大きく身体を横に振り、爪先をちょこんと
岩の小さな窪みに乗せる。
身体は大きく斜めに傾いている。
右手と左足だけで岩に張り付いた姿勢のまま、残りの手足を細かく使い、
気が付くと数メートルの高度を稼いでいる。
無論、ザイルなど使っていない。
そいつを観察する。
胸をそらせ、両手を岩から離し、躍り上がるように高度を稼いだ。
よし、と思い、両手を離して胸をそらせた。
体全体が爪先を軸にして岩から離れ、加速した。
ここで伸び上がれば、あいつのように登れると思い、両足に力をいれ、
爪先が真っ白になるほど力んだ。
足が岩を失い、天地が回り、さらに加速した。
反り返った身体に痛みが走り、背骨が音を立て、腰骨に衝撃が来た。
落ちた拍子に顎を強打し、鼻の奥が痺れ、噛み合わせた奥歯が軋み、
耳のすぐ上が衝撃で震えた。
「大丈夫か」
ザイルを確保している友人の声が上から聞こえた。
「ちょっと失敗」
そう答え、見知らぬクライマーの姿を求め、はるか上を見上げた。
大した高さがある岩ではない。
その岩には「頭上、はるか上」などない。
当然、フリークライマーもいない。
やられたなあ、と思い、目を閉じ、衝撃でまぶたの裏に散っている
火花が収まるのを待った。
3点確保だぞと自分に言い聞かせ、いつもどおりに登った。