泉を見ている時呼ぶ声が遊歩道からよく聞こえてきた
2017/04/04
そこには透き通った水がたたえられた泉があり、浅い水底では
何箇所かで砂が柔らかく噴き上がっている。
不思議と、見ていて飽きることがない。
良い景色を望むなら、他にいくらでも場所はあるが、自分でも
不思議なほど、ここが好きだ。
この泉を知る人はそう多くない。
ましてや、こんなに気に入っている者など、そうは居まい。
最初のうち、俺を呼ぶ声が遊歩道からよく聞こえてきたが、
そんな声に興味などなかった。
この場所に居ることを知らせることさえ億劫だった。
ただただ、泉を眺めていたかった。
俺を見つけ、多くの人が集まり、ひとしきり騒がしかったが、
やがて皆が引き上げ、俺は一人残され、水底で吹き上がる砂の
動きを目で追い続けた。
空は朝、昼、夜と明るさを変え、森は春夏秋と色を変えた。
真っ白な冬が来てすぐ、友人が来た。
随分前に山ではぐれ、それきり会っていなかったことは、
彼の姿を見るまで忘れていた。
ガスに巻かれ、彼とはぐれたことは思い出せた。
その後、俺はここで泉を眺めて過ごすようになった、と思う。
なぜここに来たのかと、彼は俺に問いかけ、俺はここが
好きだからだと答えたが、彼は同じ問いを発し続け、最後に
酒を(もったいないことに)地面に撒いて帰った。
今までどこに居たのかという俺の問いに、彼は答えなかった。
彼はたまに来る。
たまに来ては毎度、地面に酒を撒いて帰る。
カメラを担いでやってくる男たちもいる。
三脚を据え、何枚かの写真を撮影する。
俺にカメラが向けられることがある。
笑ってみせるが、写真に俺は写っていないだろう。
そんな気がする。
そしてこれからも、きっと俺は泉を見つめて過ごす。
満ち足りた気分で。