古びたザイルが俺の右側に力なく垂れていた
2016/04/02
大きく、高い岩壁だった。
過去、数人が転落死している。
古びたザイルが、俺の右側に力なく垂れていた。
誰かが使ったザイルに違いない。
使ったザイルを回収できない理由は、そう多くない。
俺よりも上、新しいザイルを固定しながら先頭を行く友人は、
この古いザイルを見て何を思っているだろう。
友人と先頭を交代する予定の、大き目の岩棚まで登ると
予定通り友人が居た。
ここからしばらくは俺がトップで登る。
息を入れ、強張った筋肉をほぐし、ここから先のルートを
打ち合わせた。
すぐ右に垂れているザイルが目指したルートを見極めようとした時、
そのザイルに力がこもった。
わずかな風にそよぐだけだったザイルが、鋼のように硬くなった。
ちりちり、と小さな音を立て、小刻みに揺れ始めた。
時折、びん、という音を立て、大きく揺れた。
岩に隠れ、垂れ下がった下の方までは見えなかったが、
目の前で揺れるザイルは、意志を持った何者かを、明らかに
支えていた。
息づかいさえ感じる。
きしきしと軋みながら、わずかにザイルがねじれた次の瞬間、
しゅるるる、と軽やかな音が伝わり、空気が弾けた。
ほんの数センチ、ザイルが跳ね上がり、力が抜け、
だらりと垂れ下がった。
どうやら、終わったらしい。
友人が煙草に火をつけ、岩棚に置き、俺はポケットから
行動食のチョコレートを出し、煙草の横に置いた。
俺は大きく息を吐き出し、手を伸ばし、登り始めた。