竜が昇る滝を訪れ時
2016/03/26
テレビの取材が来たこともあるらしい。
両側がきわどく切り立ったV字形の谷底が、一気に駆け上がるように
急傾斜をなし、一旦、傾斜がゆるんで谷の幅が広がった所から、
もう一度切り立ったようになっている場所だった。
確かに、竜が運動代わりに空へのぼるくらいのことは起こりそうな、
そんな雰囲気のある場所だった。
訪れるのは初めてだったが、来る前の想像よりもずっと荘厳な場所だった。
寒さが厳しくなり始める頃で、数週間以内には、沢が人を拒むようになる。
幸い、宗教的な禁忌などはないので、俺たちは沢筋を存分に楽しみ、
山中で一泊してから、麓の集落まで戻る林道を歩いていた。
山へ向かう軽トラックとすれ違う際、運転手の男性が声をかけてきた。
一昨日、集落に一軒だけの小料理屋で飲んでいた男だった。
沢登りに来たことは、俺たちの誰かが話したのだろう。
運転手は煙草をふかしながら、今朝、竜が昇ったぞと、そう言った。
俺たちは無論、見ていない。
上機嫌な運転手の笑顔を乗せ、軽トラックは山へ行ってしまった。
天気がよければ朝、川原から竜が見えるだろうと言われ、
食事を済ませた俺たちは店を出て、川原にテントを張った。
結局、ほとんど寝ずに夜明けを待った。
空が明るみ、空が色を変える中、あの滝のあたりから一筋、
煙が空へ伸び始めた。
煙はすぐに濃さを増し、狼煙のようになった。
わずかに揺らぐように不安定に形を変えるそれは、確かに
ぴいっと空へ昇る竜に違いなかった。
時折、きらっと光るのは木の葉か何かだろう。
V字形の谷が急激に立ち上がる、あの地形が上昇気流を生み、
雲をこうした形で吹き上げるのだろうが、そんな解釈は
どうでもよかった。
ぽかんと口をあけ、すげえなあ、などと言っているうちに、
竜は、空に吸い込まれるように消えた。