山にまつわる怖い・不思議な話(山怖まとめ)

山の怖い話、不思議な話をまとめています。

気分転換に金剛にある温泉“天狗の湯”へ出かけた

      2016/12/26

203: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:36:10 ID:KnZ2w8Mg0
高校3年の冬。
「ボード行こうぜ、車出すからさ」と梶が言って来た。
「何時?メンバー誰よ?」と聞くと
「クリスマス、俺とおまえと貴美」
ヤツの頭にコンパチ食らわせた。
「どアホ。二人で行って来い」
別に拗ねてる訳じゃないが、特別の日に、大切な人と一緒にいたいのが、女の子の気持ち。
それを察してやれない程、鈍くはない。
しかし、この年で、そう言う日に一緒に過ごせる相手が家族と言うのも、かなり侘しい。
気分転換に、金剛にある温泉“天狗の湯”へ出かけた。
金剛は、大阪南部で奈良・和歌山の県境にも程近く、山間には小さいが温泉場が幾つもある。
中でも一番鄙びているのが天狗の湯。バイクに乗り出してからは、遠出する程暇はないが、
少し走って気晴らししたい時によく行く所だ。満員なら日帰りでと思っていたが、折りよく
空きがあったので、泊まる事にした。
とっとと飯を済ませ、露天風呂で四肢を伸ばす。月明かりの下、2・3日前に降った雪が
梢に残り、それが風に吹かれてさらさら飛んで来る。この季節ならではの風情だ。
もう30分もすれば、夕飯後の休憩を終えた人たちで、ここもいっぱいになるだろう。
それまでの贅沢な一時だった。
ふと背後に人の足音がし、ちゃぽんと誰かが湯に入った音がした。
何気に振り返った俺の目に、ショートカットで卵形の小さな色白の顔と、ほっそりした首、
優しげな肩の線が目に入った。
204: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:37:01 ID:KnZ2w8Mg0
じょ、女性?!混浴じゃなかったはずだが…
慌てて目を逸らした俺に、その人はくすりと笑って声を掛けて来た。
「僕は男です、ご心配なく」
「あ、失礼しました、済みません」再度振り返り、謝りながら相手の顔をよく見てみた。
少女にも見紛うような、とはよくある表現だが、目の前の彼が本当にそうだった。
「いえ、いいんです。僕、女顔なものだから、良く間違えられるんです」
「済みません」謝るしかなかった。
「夜神楽を見に来られたんですか?」と彼が聞いて来た。
「え?この辺でも夜神楽が見られるんですか?」
高千穂の夜神楽は有名で、そのうち行ってみたいと思っていたが、まさか金剛で夜神楽を
やっていようとは思わなかった。
「ええ、今夜近くの神社で、もう二時間もすれば始まりますよ」
「へえ、行ってみたいな」
「じゃあ、一緒に行きませんか」と言う彼の誘いを、ありがたく受ける事にした。
宿の人に、お使い物にしたいのでと断って、地酒の一升瓶を二本分けてもらい、玄関前で
待っていると、程なく現れた彼がそれを見て、目を丸くする。
「お供えですか、二本共」
「いや、昔、俺の祖父さんから、御神楽を見る時は必ず酒を二本持ってって、一本は神様に、
もう一本は神様を身に宿す舞い手さんに差し上げるもんだ、って聞かされてたので」
俺がそう答えると、彼はくすりと笑った。
「正解ですよ、それ」
206: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:39:03 ID:KnZ2w8Mg0
雪の名残がまだそこかしこに残る道を、二人で並んで歩いた。吐く息が真っ白になる。
街灯は何もなく、辺りは真っ暗だったが、俺は夜目が利くから、多少の月明かりがあれば
十分だったし、彼は歩き慣れていると見えて、危なげもなく歩いている。
「御神楽はよく見に行くんですか」と彼が聞いて来た。
「いや、舞楽は何度か見ましたが、御神楽は、本物を見るのは今日が初めてです」
「へえ、珍しいな。普通の人は、舞楽なんかあまり見ないでしょう」
「家の近くに、四天王寺楽所があるんで、目にする機会が結構あって…」
「ああ、それで」
そんな話をしながらしばらく歩いていくと、向こうの方にぼんやりと、橙色がかった丸い
灯りが見えて来た。高さは、大人のひざ辺り。街灯にしてはえらく低い位置にある。
何んだろうと思いながら歩いて行くと、光の正体は、俺の胸程の背丈しかない小柄な巫女さんが
持っている、提灯の灯りだった。
俺たちの姿を認め、彼女はこちらにぺこりと頭を下げる。
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
彼女の後に続き、俺たちは木造の古い鳥居を潜った。
とたんに、なんだか闇の濃さが一段と深まったようで、提灯の灯り無しにはほぼ何も見えない。
嫌な気配は感じないが、ここまで深い闇の中と言うのは、全く体験した事がない。
その時、俺は彼の名も何も聞いておらず、自分もまた名乗っていない事に気が付いた。
彼も同じ事に気が付いたらしい。
「ああ、まだ名前も言ってませんでしたね。僕の名は加賀地三郎と言います」
一瞬躊躇ったが、俺は自分の名を相手に告げた。
「よろしく」
差し出された手は、なんだか心地よい冷たさだった。
207: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:45:05 ID:KnZ2w8Mg0
やがて、行く手がほの明るく見えて来る。
闇トンネルのような参道を抜けると、いきなり世界が広がった。
それは境内に幾つも焚かれた篝火のせいで、辺りはかなり明るくなっていた。
御神楽の舞台は6畳程の広さで、社の正面、境内の真ん中に設えられている。
結構な数の見物人が来ており、そこにカメラの三脚が一つも据え付けられていないのが
不思議なくらいだった。
社務所へ酒を届けた後、拝殿に詣でていると、水色の袴を着けた男性が小走りに駆けて来て、
こちらに呼びかけた。
「三郎様、困った事になりました」言ってから、彼は俺に気が付いたようで、後の言葉を言い淀む。
「どうしました?言って下さい」
三郎さんに促され、彼は声を潜めながら「御兄様たちが怪我をされまして…」
「兄さんたちが怪我?」三郎さんは少し眉をひそめた。
「はい、ちょっと装束がもつれて、転倒したはずみに捻挫されまして…」
「わかりました。すぐ行きます。支度をしておいて下さい」
はい、と返事をして頭を下げ、袴姿の男性は向こうの方へまた小走りに駆けて行った。
こんな時に面倒をかけちゃいられない。どうぞ、行ってあげて下さい。そう言おうとした時だった。
三郎さんが真剣なまなざしを俺に向けて来た。
「…お願いがあります」
「はい?」(な、なんだ?)
「御神楽を舞って下さい」
誰が?俺が?え?なんて?幾つもの言葉が頭の中で飛び交い、思わず即答していた。「無理です」
「大丈夫。御神楽は知らなくても、舞楽を見た事があるのでしょう。それで十分です」
「そりゃ無茶だ。見るのと演るのは、大違いです」
「いいえ、あなたなら出来る」
どう言う訳だかわからないが、彼は断言した。
208: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:45:55 ID:KnZ2w8Mg0
「兄たちが舞う事になっていた御神楽は、この神社縁の未婚の男性しか舞えないんです。僕は
ここの三男だから問題ないとして、今から僕の知り合いを呼んでも間に合わない。あなたには
申し訳ないけれど、ここまで来て頂いたのも何かのご縁だと思います」
彼は必死だった。
正直、どうするか散々迷った。
「頼みます、僕と一緒に舞って下さい」
彼の懸命な言葉と、ひたむきな目に負けた。
「…俺はド素人ですよ」
「ありがとう!」
それから、彼の後について行き、別棟の奥の部屋まで通ると、彼の祖父、両親、湿布の匂いがする
二人の兄と、何人かの人々が何やら話し合っているところだった。
そこで、彼がきっぱりと言い切った。
「彼に御神楽を舞ってもらいます」
とたんに人々の目が点になる。当然だ。御家の御神楽に、どこの馬の骨とも知れない者をいきなり
出演させると言うのだから。
しばらく沈黙があり、それを破ったのは、彼の祖父だった。
「…それでいいんだな」
「はい」力強い応え。
そこから物事はフルスピードで展開し始めた。
俺たちが舞う事になった演目は『おろち』。スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の話だ。
俺がスサノオで、彼がオロチを演る。
時間が無いので、ざっと動き方を教わり、衣装を身に着ける。普通は御面も付けるが、慣れていないと
視界が確保出来ないので、今回はパス。
それから何とか通し稽古をつけてもらって、いよいよ本番と相成った。
目立たない場所から表へ出る。
篠笛や太鼓など、楽の音がしている事に、今の今まで気付いていなかった。
よほど緊張していたんだな。我ながら可笑しくなる。
209: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:47:23 ID:KnZ2w8Mg0
演し物は既に山神祭、国譲りが終わり、茅の輪に入っていた。
とりあえず、舞台脇の幔幕の後ろに控える。
本来なら、一つの演目が終わると、少し間をおいて次の演目に移るものだが、俺たち二人の参加は
予定外だったため、御神楽を舞う前に受けておくべきお祓いを受けていない。
そこで、今回は変則的に、舞台に上がる直前にお祓いを受ける事になった。
被り物を付けぬ俺たちが、拝殿の階を上がって行くと、観衆の間から小さなざわめきが起こった。
彼の祖父が、張りの有る声で朗々と祝詞を上げる。
どうぞ、つつがなくこの大役を努められますように。ただ、それだけを祈った。
さっき参道を案内してくれた巫女さんと、もう一人、同じぐらい小柄な巫女さんが、俺たちの前に
盃に入った御神酒を運んで来る。
普段は喉につかえて飲めない日本酒が、この時は何故か素直に腹に納まった。
一礼して神前を下がり、左右の脇で、俺は烏帽子を、彼はオロチの被り物を付けてもらう。
こちらの用意が出来、あちらを見ると、彼の目が(行きますか?)と問う。
俺たちは小さく頷き合い、ほぼ同時に立ち上がった。
二人して拝殿から姿を現すと、観衆が再びざわめく。
真正面を向いたまま、階段をゆっくり下りた。一足下ろす毎に、さっき腹に収めた御神酒が、暖かな
力となって全身に広がって行くのがわかる。
不安はもう無い。演れる、と言う確信に近い気持ちがあった。
注連縄を張り巡らせた舞台の手前で、俺たちの気配を察し、楽が始まる。
この『おろち』には、テナヅチ・アシナヅチは何故か登場しない。
さっそく楽の音に合わせ、オロチが舞台へ上がった。
何かを求めるように所狭しと駆け巡り、尾に見立てた足で舞台の四方を強く、音がする程踏みたてる。
やがて、彼の勢いが収まり、中央にとぐろを巻いておさまると、俺の出番だ。
舞台に登場したスサノオを、むくりと頭をもたげたオロチが、角を振りたてながら威嚇。
負けじとスサノオも太刀を抜き放つ。
普段の俺ではない、別人の俺がその場にあった。
210: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:50:02 ID:KnZ2w8Mg0
クライマックスも近づいた頃、俺の目前を右側から左側へ横切ったオロチの身体が、まだ半分以上
残った状態で、勢い良く回れ右をして反転しようとした。その時だった。
あまりにも勢いが付き過ぎて、オロチの尾が唸りを生じて俺に迫った。
(………!)
とっさに、太刀でそれを横薙ぎに薙ぎ払う。いい手応えがあった。って、え?!
どたりと落下した尾が、きれいに一尺ばかり、横一文字に裂けている。
($¢£%#&*@§☆★………)
舞台の上と言う事をすっかり忘れ、しばし固まった。
オロチも動きを止め、舞台に横たわって動かない。
(うわっ!?)俺はすっかり素に戻り、青ざめていた。
…タン!
突然、太鼓の音に合わせるように、オロチの身体が上下に跳ねた。尾の裂け目が少し広がる。
…タン!
ややあって、また太鼓が鳴り、オロチが上下に跳ねる。裂け目は更に広がった。
繰り返すうちに、彼の白いふくらはぎが、なんとも扇情的に現れる。
ゆっくりゆっくり、腿、尻、腰と次第に顕わになって来る、衵一つの彼の身体。
それは、ちょうど蛇の脱皮を見るようで、俺は自分が演者である事も忘れ、完全にその様子に
見入ってしまった。
やがて、最後に彼が頭を大きく振りたてると、被り物がするりと外れる。
完全に身一つになった彼が、こちらを振り向いた。
はっとして、俺は自分がまだ舞台の上にいた事を思い出し、いつの間にか下げていた太刀を
取り直す。いざ、討たん。
しかし、彼の目線がそれをしまえと合図を寄越す。では、この先は?
そこへ、再び別人の俺が戻って来た。あたかも慣れ親しんだ所作のように、俺の身体は彼と共に
世界を作り、無事に舞台を努め終える事が出来た。
211: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/12/30(金) 05:53:06 ID:KnZ2w8Mg0
舞台から退がり、衣装を着けた部屋まで戻った時、まだ衵姿のままの彼が俺に抱き付いて来た。
「ありがとう。本当によく努めて下さいました。感謝します」
「や、でも、オロチ壊しちゃって、御神楽も無茶苦茶に…ごめんなさい。謝って済む事じゃ
ないんですけど、済みません」
ドキドキ・ビクビクしながらひたすら謝る俺に、彼は済まなそうな顔になり、
「いえ。あれは本来、ああ言う舞いなんです。舞い手の器量如何によって、上手く行かない事が
あって…あの、あなたも御神楽は初めてだと言ってたから、出来ないかも。そう思ってて…
だから、その、気にしなくていいんです」
はぁ?どう言う事だ?俺が教わったのは、あの横薙ぎが出来ない奴のための舞だったのか?
訳がわからなかったが、とにかく衣装を返し、風呂を使わせてもらった後で、彼に元来た道を
宿まで送られて帰って来た。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こっちこそ、お世話になりました」
彼は上着のポケットを探り、小さな箱を俺に差し出した。
「これは祖父から。お守りです」
俺は礼を述べ、ありがたく頂戴した。
「あなたでよかった、本当に。やっぱり………だな」
彼の言葉の最後の方が、なんだか聞き取れなかった。
「え、なんですか?」聞き返したが、彼は笑って手を振り、そのまま夜道を戻って行った。

翌朝、昨夜の道を辿ってみた。しばらく歩くと、見覚えのある木造の鳥居と、何となく覚えている
参道があって、そのまま進んで行くと、確かに神社があった。
しかし、社殿も境内もずっと小さく、とても昨日のような事は出来まい。
だが、まるきり夢ではない証拠に、彼の祖父がくれたお守り、それは鶉卵ぐらいの大きさで、
中央が青く周囲が白いメノウが、俺の胸ポケットに納まっていた。
ま、いっか。来年はちゃんと人間の女の子とデートしよう。そう心に決めた。

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