山にまつわる怖い・不思議な話(山怖まとめ)

山の怖い話、不思議な話をまとめています。

授業が終わって帰ろうとしたら、校門の所で山岳部2年の石田先輩に捕まった

      2016/02/26

12: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/10/19(水) 05:47:34 ID:ta/TwaNJ0
高校1年の秋。

その日、授業が終わって帰ろうとしたら、校門の所で山岳部2年の石田先輩に捕まった。
「これこれ、何処へ行く気かな?今から来週の割り振りするっちゅうのに…」
山岳部が、恒例の体育の日の『誰でも参加1泊キャンプ』を企画しているのは知っていた。
俺は山岳部ではないが、1年生部員の大半が同じ中学出身と言う事もあって、ちょっとした山行には
一緒に連れて行ってもらう事が多く、何となく部外部員のような形になっている。
「あ、先輩。俺、今回はパスなんで。ちょっと真面目にバイトやんないと、金がない…」
「はいはい、部室で聞くよ」
言い訳も何もない。既に俺には、荷物運び&炊事係と言う役目が決まっていた。

小さな駅を降りると、辺り一面に広がる収穫間近な金色の田んぼ。その所々に赤く燃える、畦道の
ヒガンバナ。点在する家々の庭に植えられた柿が、お日様の鈴のように生っている。
そんな里の中の道を抜けた所から、通称クロソ山の登山道は始まっている。
標高はほんの600メーター程、決して高い山ではない。けれどもこの季節、中腹では紅葉が見られ、
頂上付近のキャンプ場の周囲には一面のススキ野原が広がる、景色の良い所だ。
今日の参加人数は40名。山岳部が2年10名、1年は俺を含めて8名。
俺と、親友で山岳部の梶は、俺の同級生で山岳部の星野が連れて来た小学生の従妹たちに、何故か
気に入られたようで、ずっと並んで歩いていた。
俺の方が姉の芽衣ちゃん、小5でヒバリのようによく喋る。
梶の方が妹の萌ちゃん、小3で姉とは対照的に無口な子だ。時折、梶とぽつんぽつんと話している。
自然林の中の緩やかな坂道を2時間余り登っていると、鮮やかな紅に燃えるナナカマドに出会う。
道はやがて、展望の開けたクマザサ道へと変わり、小さなアップダウンを繰り返しながら、樹齢
数百年の大杉とその側にある小さな鏡池の側に出る。
そこで遅いお弁当を使い、1時間程休憩して再出発。頂上まではもうさほどかからない。
道の周囲がススキに変わり、少し行った所にキャンプ場がある。少し離れた所でテントを張る事も
出来るが、今回は『誰でも参加』なのでバンガローを借りていた。

13: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/10/19(水) 05:48:47 ID:ta/TwaNJ0
秋の日は釣瓶落とし。
あっと言う間に日が落ちると、たちまち空気がひんやりして来る。
そんな時に薪の明かりとパチパチ爆ぜる音、火の温もりはとても人を引き付ける。
バーベキューが終わっても、みんなバンガローに戻ろうとはせず、その場であれこれ賑やかに話を
していたが、薪が残り少なくなってくると、それに合わせるように段々減り始める。
俺たち1年は頃合を見て片付けにかかった。そこに、芽衣ちゃんと萌ちゃんが俺と梶の側に付き、
何かと手伝いをしてくれる。俺たちの邪魔だろうと星野が、
「芽衣、萌、おまえらもうあっち行けよ」と言えば、逆に芽衣ちゃんに
「アツ兄、うるさい。あっち行って」と、返される始末。
他の人はみんな建物の中に戻ってしまい、最後は火の始末をするだけになった。
空にはいつしか大きな月。中秋よりの頃より、ずいぶん透明度を増している。
夕暮れに、オレンジから金へのグラデーションで出来ていた世界は、今や銀と黒で彩られている
空間を埋めるのは、水晶が響きあうような澄んだ虫の音。
「こんなもんでいいか」
梶にそう声をかけた時だった。月影が、一瞬翳ったような気がした。
「あ…」芽衣ちゃんと萌ちゃんが同時に声を上げ、顔を見合わせる。
(何だ?)梶の目が俺に問いかけてくる。
「変な感じだった、今」芽衣ちゃんが眉間に軽くしわを寄せれば、
「お月様が揺れた…」と、不安そうな萌ちゃん。
手を止め、黙ってしまった俺たちに、星野が不思議そうな顔をする。「ん、どうした?」
こいつだけではなく、俺たちが感じた事を、他の連中は全く感じていないらしかった。
ぶぅわッくシュン!!うぉい!
伊藤がいきなり派手なくしゃみをし、手の甲で鼻を擦する。
「どおー、寒!中入ろうぜ」
それをきっかけに、梶が子供たちに声を掛けた。
「さ、おしまい。中へ入ろう」
14: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/10/19(水) 05:49:56 ID:ta/TwaNJ0
間もなく、消灯時間になった。
直ぐに寝息を立てる奴の横で、小声で雑談を続ける奴らもいたが、やがて夜更けと共に静かになる。
俺は上着を引っ掛け、みんなを起こさないよう、そうっと表へ出た。
相変わらず、月は静かに世界を照らしている。
アッシュ・ブルーの竜雲が、悠々と天空を行く。
月影の下、地上では、白銀色に輝く幾千ものススキの穂。ときおり通う風にそよいでいる。
空を見上げる俺の背後から、すたすたと足音が近づいて来た。言わずと知れた我が親友。横に並び、
当たり前のようにほい、と煙草を寄越す。ついでに火も借り、そのまま一服、二服。
俺たちの紫煙が雲に重なる。
「…どうかしたか?」
「月蛍が見られるかな、と思って…」
「つきほたる?」
俺たちの背後から、パタパタ軽い足音がダブって聞こえた。
「不良!!」大声で、あまりにも直截的な指摘を受け、俺と梶は思いっきりむせ込んだ。
芽衣ちゃんと萌ちゃんだった。
「いっけないんだー!高校生なのにタバコなんか吸っちゃって…不良!」
腰に手を当て、芽衣ちゃんが俺たちを睨む。萌ちゃんは黙って後ろで控えている。
「こんな時間まで起きてたのか?」梶が聞く。
「だって寝られないんだもん、他の人寝てるけど、静か過ぎて気味が悪くて…萌も寝られないって
言うし…」
たぶん、部屋へ帰れと言っても、これは一歩も引かないだろう。
「じゃあ、ここで少しお月見して、それから部屋へ戻ろう」
「そうね、それがいい」子供だが、いっぱしの口を利く。
「その代わり、眠たくなったらすぐに言う事」
そう言いながら、梶が自分の上着を脱ぎ、萌ちゃんに着せ掛けてやった。俺もそれに倣い、自分の
上着を芽衣ちゃんに羽織らせる。
15: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/10/19(水) 05:52:13 ID:ta/TwaNJ0
しばらく二人のおしゃべりに付き合っていると、月影がトクン、と脈打ったような気がした。
「あ、また」芽衣ちゃんが口を開きかける前に、俺は急いで言った。
「始まるよ、見てればわかる。静かにね」
トクン、再び月影が脈打った。
天上から投げかけられる月光が一瞬翳り、霧雨のような光の粒が、一面のススキの上に降り注ぐ。
音もなく、しんしんと、ただ降り積もる微粒子。
ススキの穂も葉も、全てが真珠色の光沢を放ち始める。
「きれい…!」芽衣ちゃんと萌ちゃんが小さな声を上げる。
そんな事とは知らぬげに、虫の音は続いている。
言葉もなく見守る俺たちの前で、やがて、それらはふっつりと降り止んだ。
すぅっと風が通り過ぎる。
すると、ススキの上に万遍なく積もっていたものが、小さく粒に丸まって穂に集まり始め、地上には、
たちまち数知れぬ玉珠華が現れる。
「うわぁ…!」子供たちから歓声が上がる。
天上から発せられる艶めいた月光。受けては返す地上の光珠。
澄んだ虫の音に、風にそよぐ光珠が触れ合って発する、鈴のような音色が加わる。
天と地と、冷たくも柔らかい光の応酬が続く中、大きなアッシュ・ブルーの雲がゆっくり夜空を蔽い、
月をその背後へ隠してしまった。
ほの暗がりの中、地上の真珠たちは黒真珠へと姿をかえ、なおも輝き続けようとする。
16: N.W ◆0r0atwEaSo 2005/10/19(水) 05:53:42 ID:ta/TwaNJ0
突然、ある一粒が強い朱鷺色に輝いた。
それが合図だったのか、あちこちで同じような小さな光が明滅し始める。
本物の蛍のように強く弱く、命の歌を歌うように光っている。
「すごい…!」梶でなくても感嘆する、美しい光景だ。
月蛍の名はこれに由縁する。
最初、銘々勝手に光っていた月蛍だが、そのうち、互いの呼吸を確かめ合うように、明滅の早さが
揃い始める。そこから外れるものたちの数が段々減って行き、とうとう全部の明滅が完全に揃った。
…輝…闇…輝…闇…輝…
その時、懸かる雲が過ぎ去り、再び月が姿を現した。
白銀の光に射抜かれた月蛍たちは、炎の色を保ったまま。
不意に、俺たちの髪を乱す程、少し強い風が吹き抜けた。
玉珠華たちは、ぐっと踏ん張ってそれを堪えたが、次の瞬間、自ら大きく身じろいだ。
すると、月蛍たちが次々に真珠色の小さな粒になり、ふわりと風に乗って昇り始めた。
不思議な、光の粒が集まって、やがて何時しか流れになる。
その天の川が目指すのは、天空で白々と強い光を放つ銀の月。
煌く光の帯が、最後の最後、紺碧の夜空に浮かぶ月輪の中へ完全に溶けてしまうまで、俺たちは
黙ってそれを見つめていた。

夢見顔の子供たちを部屋まで送り届け、俺たちは再び表へ出る。
今はただ、雲に半ば隠れた月と、何の変哲もないススキ野原に、虫が鳴いているばかり。
月蛍は、生まれなかった魂、夭逝した魂だと聞いた。
それらが、神無月の夜、美しい月の光に乗って現れる時がある。
ススキに宿る訳は、穂の形が、優しく背を撫で、癒してくれる母の手を思わせるから。
送り出されて天に還れば、また人に生まれてくる事が出来ると言う。
俺がそう話すと、梶の瞳が潤んだように見えた。
「…次は、幸せになれるといいな」
「そうだな…」
俺たちの紫煙が、風に乗って流れて行った。

コメントする

出典:http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1129644145/