俺自身は自分自身と会話をしていたのだと教えられた
2017/04/24
磁石を当てて方角を確かめても、地図上のどの一点に居るのかが
分からない以上、これ以上、動くべきではない。
格好つけてそんな言い方をしたが、俺たち全員が疲れきっており、
べきでないとか、べからずだとか、そんなことを言っていられる
状況ではなかった。
それ以上、どこへも動けなかった。
かじかむ手、全身、どこという訳でもない鈍い痛みに覆われ、
胴には砂でも詰まっているようだ。
垂れた鼻水、それを拭おうとして、乱暴に顔をこね回し、結果、
顔中が鼻水だらけになったが、それをどうとも思えなかった。
「どうしたって?」
誰かの声が聞こえた。
俺に向けられた言葉だと直感した。
聞き返すと、誰かに肩を叩かれた。
肩を叩いたのは、仲間の一人だ。
「どうしたって、何が?」
俺に聞こえた声というのは、俺自身が発していた。
その友人は、俺に呼ばれたと思い返事をしたが、俺自身は
自分自身と会話をしていたのだと教えられた。
おめぇ、しっかりしろよ
うるせぇなあ、今に手前だってこうなるんだ
これは友人と俺との会話。
これが幻聴か、と思ったが、さっきの声は、すぐ近くに居る
誰かの声だというのが、俺にとっての現実的感覚だった。
二人用の小さなテントに、やたら汚い男ばかり4人で
潜り込んだ。
無論、テントの固定などしていない。
中に四人も居れば、固定など必要ない。
実際のところ、テントを固定する手間など、その時の俺たちには
かけられるものではなかった。
「おい、バスが出ちまうぞ」
これは俺ではない。
満員電車のようなテントから這い出そうとする奴がいる。
俺たちを押しのけ、かきわけ、出て行こうとする。
皆で押さえ込み、強く揺すぶった。
「あ・・そうか」
とだけ、そいつは言った。
その次は、先ほど俺の肩を叩いた奴。
家まで行って、食い物をもらって来ると言い出したのだ。
俺には、数分おきに呼びかける声が聞こえ続けている。
意識がまともなのは、ひとりだけだった。
そいつだって、どこまで持つのか、分からない。
医薬品を取り出し、軟膏を手の甲に塗っているのも、
今居るこの場ではなく、意識世界で起こった何事かへの
対処行動に違いない。
出ようとしていたが、終電だとか、タクシーを呼んだとか
そんなことを言い続けていた。
家へ食い物を取りに行くと言っていた奴は、食い物に
執着し続け、野草だの、魚だのを手に入れるための
アイディアを出し続け、それらを実践しようと言い続けた。
俺自身、自分が何をしたのか、記憶は曖昧だ。
泥酔しているような脳のしびれと、ひたすら重い身体。
耳たぶさえ重く、何度も引きちぎろうとしていた。
まともなひとりは、ついに朝まで正気を失わなかった。
周辺が明るくなる頃、疲労は相変わらずだったが、全員が
まともになり始めた。
地図で自分たちが居る一点を探し当て、先の見通しが立つと
疲労さえも俺たちの身体から出て行き始めた。
疲労ども、次は誰に取り付く気だろう。
本気でそう思い、苦笑した。
季節は、夏。
季節が冬ではなく夏であること、気温が本当に暖かいこと、
天気は目に見えるとおりの快晴であること。
何度も何度もそれを確かめ、ようやく安心し、全員、寝袋や
シートにくるまって、3時間ばかり寝てから下山した。