山にまつわる怖い・不思議な話(山怖まとめ)

山の怖い話、不思議な話をまとめています。

「おめの命コとれせ」不意に、掠れた様な女の声が聞こえた

      2016/12/26

276: テヂ(1/3) 2006/01/02(月) 00:57:44 ID:CEgcTeEx0
 ある北国の山あい。鄙びた温泉宿で、僕は穴を掘っていた。脇の木製のベンチに腰をか
けて、夕闇に浮かぶ、整然と美しく並んだ双子山を眺めた。「今日の作業は終わりか。日没
まで間もないしな」僕は呟いて、部屋へと戻った。肉体労働の疲れは、上質の睡眠薬をも
しのぐ程、短時間で僕を眠りへ誘った。どれ位経ったか。目が覚めた。日はとっぷり暮れ
ている。何気なく窓の外を眺めるが、薄闇の中に、山際が茫と浮んでいるだけだった。
 「おめの命コとれせ」不意に、掠れた様な女の声が聞こえた。「え…」僕は耳を疑った。
目を細め、声の主を探した。「こご掘れば、まえへんネ」今度は、はっきり聞き取ることが
できた。いつの間にか、部屋には生臭い匂が充満し、胸が悪くなる。正体を確かめようと、
とっさに周囲に目を走らすと、部屋の出入口に人影が居た。扉を開いた様子もなく、その
うつろな背中は、消える様に見えなくなった。「掘ったら…殺される?」頭が真白になった。

 この温泉宿は、僕の親戚が細々と営んできた。それが、近年の温泉ブームに後押しされ
都会からの宿泊客が増えた為、露天風呂を新設することにしたのだが、専門業者に仕事を
してもらう様な金はなく、家族で造ることにした。原泉を掘るわけではないから、素人で
も何とかなるのだ。僕は、休暇がてらに手伝いを申し出て、この宿に滞在している。
 夜闇に浮ぶ双子山。この山に纏わる伝承が幾つかある。双子山には姉弟の山神様が住む。
ろくろ首を幾体もお供に従え、里に季節を運んでくる。また、昔話ではこの山一体を統治
した侍が、巨大なまな板の上で女房をぶつ切りにした。殺された女はその怨念を晴らすべ
く未だに山を彷徨っていて、里の男を惑わし死へと誘うそうだ。こうした不気味な伝承も
怯えを増徴させ、その夜、僕は何をするにも辺りの気配ばかり気にしていた。

277: テヂ(2/3) 2006/01/02(月) 00:58:31 ID:CEgcTeEx0
 寝床に入った後も、僕は暫く眠れなかったが、疲労が恐怖を上回った様だ。不意に、目
が覚めた。どうやら、僕は眠っていたらしい。「ドサッ」突然布団の上に何かが落ちてきた。
いつの間にか、部屋にはあの生臭い匂が満ちている。雪明りを頼りに暗い部屋に目を凝ら
して、今起きている事の理解に努めた。布団からは決して出ずに、落ちてきたモノを手で
まさぐった。嫌に軟らかい。少し滑り気がある。「ドサッ」また何かが落ちてきた。

 すぐに布団から飛び出した僕の眼が捉えた者。前腕が切れ落ちた青白い女。布団の上に
落ちた二個の肉塊。女は無表情のまま「おめの命コ」と呟いた。僕の頬に、冷や汗が一筋
流れた。女の体中に、赤い線が幾筋も浮かぶ。汗が、僕の首筋から、じっとり湿った胸元
に流れ込んだ。女の体を覆う筋から、赤黒い血が糸を引いて垂れ流れる。汗が僕のへそに
行き着いたその時、女の腕が、脚が、胴体が、「ブチブチッ」と音を立てて千切れ飛んだ。
最後に残った頭部が宙に浮いたまま口を開いた。「こご掘れば」目を横切って赤い線が走る。
「まえへんネ」女の顔は、瞳を境にバックリと上下に切り開かれ、ぐちゃっと布団の上に
転がった。鮮烈な血の匂が鼻を突き、僕は堪えきれずに嘔吐した。ぶつ切りの女の死体は、
止め処なく血を流し、うねうねと蠕動した。「ぎゃあっ」僕は大声で叫んでしまった。

278: テヂ(3/3) 2006/01/02(月) 00:59:00 ID:CEgcTeEx0
 得体の知れない別の気配を感じたのは、その時だった。床の間の辺から、室内とは思え
ぬ強烈な風が吹き付け、僕の髪を舞い上げた。目を細め風の向うを見つめると、二つの幼
い顔が見えた。おかっぱ頭の無邪気な顔。しかし、二人の体は赤く腫れ、膨れ上がり、細
い亀裂が全身を覆って、所々肉が裂け体液が噴出している。二人は爛れた口を尖らせると、
寒い冬風を吐きかけて女の肢体を吹き飛ばした。女の残骸が断末魔の叫びと共に霧消した。
まったく状況が掴めず、僕は呆然としていた。「おどさまこえしじゃた」そう呟き、二人
が僕の胸に抱きついた。そして、すぅと消えた――翌日。僕は一心不乱に土を掘った。そ
んなに深く掘るまでもなく、その手がかりを見つけられた。二体の子供の骨。温泉宿の大
婆が駆けつけた。婆は骨を箱に収めて、双子山に向かって手を合わせた。里の言伝えによ
れば、侍が女をぶつ切りにしたのは、女が彼の実子(姉弟)を大釜で茹で殺して、銀杏の木に
寄る土地に埋めた為だ。死体の場所は二羽の小鳥が伝えたという。以来、姉弟は山の神と
なり里を守っている。僕の掘った土地の脇には銀杏の木が佇む。山神が僕を助けてくれた。
「ありがとう」僕は双子山に手を合わせた。二羽の小鳥が山際でいつまでも戯れていた。
(※注1:まえへんネ = いけない、許さない / 注2:命コとれセ = 命をとるぞ)
(※注3:こえしじゃた = 恋しかった)

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