山にまつわる怖い・不思議な話(山怖まとめ)

山の怖い話、不思議な話をまとめています。

残雪の北アルプスで

      2016/12/26

438 : 底名無し沼さん[sage] 投稿日:04/07/26 14:27

『残雪の北アルプスで』

GWを一週ずらして俺と後輩の山下は涸沢に入った。
涸沢ヒュッテに2泊する予定で初日は冷たいガスの中を雪を踏んで登って来た。
2日目の今日は雪山初心者の彼に雪訓などし、
アズキ沢を半分ほど登ってザイテンの岩場に腰掛けて展望を楽しんだ。
俺は最近単独行ばかりになり、年の近い連れが欲しくて昨年彼を山に引き入れた。
その彼に雪を被った3000m級のアルプスを見せてやりたくて来たのだ。
山下も白銀のアルプスと雪山のやや緊張した雰囲気には感化された様だった。

夕飯までに降りてアーベンロートを見たのは食堂の窓からだった。
昨晩は持参したワインを空けたが今日は2人とも飲まなかった。
そのあと自炊室でコーヒーを煎れ明日はゆっくり下山して温泉は何処にしようなどと話している時だった、
小屋の人が探しに来て山下の自宅から電話が入っていると告げたのだ。
暫くして彼が戻って来ると、入院中の叔父の病状が急変し既に亡くなったと言った。
彼の意向もあり私達は今から下山する事を決めた。

ヒュッテを出たのは午後8時頃だった。
残雪が寒気で締まりアイゼンがキュキュと音をたてる斜面を、月明かりとヘッドランプを頼りに降りて行った。
Sガレ付近で雪渓流心をはなれ屏風の頭側に寄る、本谷出合を高巻く箇所は雪壁に刻まれた細いトレースだ。
山影で暗いうえに山下のアイゼンは6本歯、急な下りをなおさら慎重に歩く。
今年は積雪が多く出合から下も雪渓が続いている、冷気を伴った風が吹き下りて来てとても寒い。
本谷橋付近で左岸に上がりそこからは夏道通りになった、横尾山荘の前のベンチも素通りし先を急いだ。

徳沢を目指しての単調な歩き、右手に奥又白沢が見えて来る辺りで山下がふと話しかけて来た。
「いま、向う岸で何かピカッと光った、何だろう?」と聞く、2度も見たと言うのだ。
私は奥又白沢から降りてくる人かもしれない、ヘッドランプだろうと適当に答えた。
だが彼は納得しない、そんな小さい光ではなかったと不審がるのだ。
私達は立ち止まって梓川対岸から奥又白方面を見たが、やはり何も無かった。
その後も彼は対岸をしきりに気にするので、私の方が彼の拘り様を訝しく思った。
私は後の行程を思うと余計な事は考えたくは無かったのだ。

439 : 438[sage] 投稿日:04/07/26 14:29

暫くして新村橋の所まで来ると立ったまま休憩を入れた。
ザックを降ろし、ヒュッテでテルモスに入れてもらったお茶を飲むとホッとした。
だが彼は橋のステーの所に立ち、まだ奥又白方面を気にしている。
私は彼のその取り憑かれた様な態度が少し不気味に感じたので、話し掛けながら一緒に対岸を見てやった。
すると暫くして、彼が「あっ、向うの谷に変なモヤモヤするものが出てる!」と声を上げたのだ。
私も咄嗟に彼の指差す方を見るが、すぐには分からない。
彼が「ほらあそこ、滝になっている様なとこ!」と言うので、奥又白の谷を下から順に探った。
空が澄んで月明かりがあり、雪のある谷筋がはっきり浮かんで見える。
目を凝らして追っていくとある箇所で私の目が止まった、彼の言うモヤモヤと涌き出るような流れを見付けたのだ。
奥又白か中又白か分からないが、入り組んだ岩壁が重なって滝の様に見える辺りから、何かが流れ落ちていた。
雪崩かと思ったが違う、霧の様な気流でもない、山を10年やっているがあんなモノ見たことが無い。
地形との比較で推測すると幅100m厚さ50mはある重くドロッとした流れだった。
白い濃厚なガス体に思われ、冷凍庫を開けた時に流れ出る冷気の様でもあり、ドライアイスで作った演出用のスモークの様でもあった。
辺りを含め奥又白の方角からも何ら音は無かった。

2人して見詰めているうち私は急に寒気がして来た。
大の男が何をと言うかも知れないが、その得体の知れない現象が本当に怖くなってしまったのだ。
私はボッと釘付けになっている山下に、「おい、もう良い行こう!」と怒鳴った。
彼もそれで我に返り、恐怖心をあらわにして私を見た。
一瞬お互いに目を合わせたかと思うと、動揺した声で「行こう!」と叫びザックを担いで林道に戻った。
それからは暫く口も聞かずただ早足に歩いた。
徳沢園のランプの明かりが見えて来ると救われた様に感じた。
その明かりに勇気付けられて落ち付きを取り戻し、気持ちを整えて再び暗い林道に入って行った。

440 : 438[sage] 投稿日:04/07/26 14:29

明神まで1時間のところを40分ほどで歩いた、会話はしたが互いにさっきの事には触れなかった。
さすがに疲れが回り、明神前の丸太のベンチに座り込んだ。
お茶と板チョコを口に入れるとホッと肩の力が抜けたが、足がもう疲れ切っていた。
だがあと1ピッチ歩くしかない、20分近く休憩して2人とも重い足で出発した。
休憩中、私のヘッドランプがあやしくなり電池を換えた、山下のはペツル・デュオだがリチウムだから持ったらしい。
途中の坂道で山下がみぞれ状の残雪に滑って尻餅を突いた、その時は少し笑いが出た。
小梨平に入りバスターミナルに着いたのは深夜の1時過ぎだった。
すぐにタクシーの配車所にいき車の手配をしてもらう。
上高地には泊まりの車が1台おり、釜トンネルの下のゲートまで乗せてくれる。
ゲートは夜間は閉ざされ車は通れない、人だけ通ってゲートの外で下から来たタクシーに乗り継ぐのだ。

配車の都合で30分ほど待ったので自販機で熱いコーヒーを飲んだ。
長椅子に座りさっき見た物は何だったのだろうと思い返す、凄く不可解だが疲れているしもう良く考えられない。
山下も家の方が心配で忘れてしまっている、とにかく帰らないといけない、今はそれだけだ。
タクシーの乗り継ぎも順調で私の車を止めてある沢渡駐車場まですぐだった。
ザックを荷台に放り込み靴を履き替えると車を出した。
松本に入ったのが午前3時まえ、コンビニで食べ物を買い込みすぐ高速に乗った。

深夜の中央道をひたすら大阪を目指して走った。
夜が明けたのは中津川あたり、S.Aの洗面所で顔を洗い着替えをした。
弁当を食べると睡魔が襲ったので小1時間ほど仮眠をする。
所々渋滞に遭いつつも午前中には山下を自宅に送り届けた。
彼も叔父さんの通夜には十分間にあっただろう。

441 : 438[sage] 投稿日:04/07/26 14:31

その後、山下と飲んだおり例の山での出来事について話した。
山岳特有の自然現象、気象現象だったという事は無いのか、あるいは錯覚か・・・・。
お互いの見解はやはり通常の自然現象とは思えない気がする、そんな処だった。
山下が見たピカッとした光は、稲妻みたいなモノでもフラッシュの様なモノでも無かったと言う。
それなら辺りの地形が一瞬照らし出されて闇に浮かぶだろう。
しかしその光は周囲に広がることなく、こちらに向けて照射されたスポット光に感じたと言う。
(艦船が海上でモールス信号を送るときのサーチライトの明滅に似た感じか?)
そして2人とも見た奥又白から謎のガス体の湧き出し。
私は戻ってから色々調べては見たが当てはまる自然現象は見付けられなかった。
山下はあれを見た時、気持ちが吸い寄せられる様になり放心したと言う。
私は理解を超えた異様な現象にすぐ超常現象を直感し、じわじわと恐怖に飲み込まれていた。
クライマーの犠牲者を多く出している場所である事も関連性を疑ってしまい寒かった。

あれは一体何だったのだろうと今も思う。
横尾街道はその後も何度か通ったし、他の多くの山岳にも行ったが2度とそんな体験はしていない。
2人の身の上にも何ら変化は無かった。
しかし奥又白谷に近付こうとは思わない、屏風のコルを越えるコースで涸沢を降りる気も無くなった。
山は人の観念を越えた場所であるとの気持ちを改めて持ったからである。

おわり

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