いごま塩頭の男がそこに立っていたのだが、そいつの目玉がたった1個だった
2016/02/04
頃は夏。遠縁の田舎へ連れて行ってもらった時の話。
俺が黄色(小坊)2年、弟が幼稚園の時。
場所は岐阜県。他県と接する山間の村で、今回はちょっと差し障りがあるから
そこまでしか言えない。ごめん。
〈その1〉
俺たちは山の中腹にある神社の境内でセミ採りをしていた。近所の子供たちは
勝手知ったる場所だから、ずっと奥のへ散らばっている。
いくら夏でも、日暮は何となくわかる。もうじき誰かが「帰ろうぜー」と言い、
二言三言、言葉を交して家路を辿らねばならない。まだ1匹も採れていない弟は、
網を握りしめ、セミの声のする辺りを一生懸命睨んでいる。俺に任せればすぐ
2・3匹は採れるのに、どうしても自分で採りたいらしかった。
俺たちの背後から、誰かの足音がした。
隼人か圭一だろうと思ってふり向いた俺は驚いた。
茶色いオヤジゾウリにグレーのズボン、青っぽいジャンパーを腕まくりしている、
短いごま塩頭の男がそこに立っていたのだが、そいつの目玉がたった1個。普通
2個並んで存在しているはずの場所に、10センチくらいのアーモンド型の目玉、
そいつがたった1個しかなかったのだ。
人見知りの激しい弟は、“知らない、変な大人”の出現に怯え、俺の背中に隠れる
ようにしっかりしがみついている。
しかし、不思議と怖さは感じず、それより、なんだか懐かしい、昔引越していった
近所の人に再会したような気持ちだった
「おっ?」
この単眼オヤジも俺たちを見て、何か思いがけないモノを見たような顔をしたのだ。
何でコイツが驚くのか?訳がわからず混乱する俺たちに、単眼オヤジは優しく言った。
「一緒に帰るか?」
?????帰る???どこへ?????
錯乱する俺に代って即答したのは弟だった。
「イヤだ。まだ遊ぶ」
目の前の怖さより、セミへの執着の方が勝ったらしい。
単眼オヤジはあっさり「そうか」と頷き、神社に向って歩きかけたがふり返り、
「早く帰らないと、ヒトに捕られるぞ。気を付けな」
さも心配げにそう言って神社の裏へ姿を消した…
俺たち兄弟が単眼オヤジに会ったのは、後にも先にもこれっきりだ。
あの時、ヤツは一体どこへ俺たちを連れて帰ってくれようとしたのか。
弟と時折その話をするが、いくら考えてもわからない。
そして一番わからないのが、単眼オヤジは俺たちの事を何だと思って声をかけたのか。
今、もし単眼オヤジに会えるなら、あの時の事を酒でも飲みながらじっくり話を
聴いてみたい。そんな事を考えている。