閻魔堂のご神体
彼は中学を卒業するまで、山間の小さな村に住んでいた。
その村には、閻魔堂と呼ばれる小さなお堂があったそうだ。
本当に閻魔を祀ってあった訳ではなく、単なる呼び名のようなものだった。
実際、御神体はお面だと聞いていた。直接目にしたことはない。
お堂の世話をする家は決まっていたらしく、他の者は関わっていなかった。
大切にされていたが、同時に、まるで腫れ物に触るかのような扱いを受けていた。
今にして思えば、一種の禁忌にされていたようだったと彼はいう。
中学最後の夏休み、集団登校日の前夜のことだ。
家の黒電話が鳴ると「お前に電話だ」と父が階下より呼ばわる。
こんな夜中に誰かと思えば、村でも札付きで有名な悪友からだった。
「今、仲間三人で閻魔堂を荒らしているんだ。お前も来ないか?
そうそう、祀っていたのは本当にお面だったぞ。
真っ黒でイボイボだらけ、おまけに角まで生えているけどな」
先輩は特に信心深い訳ではないが、悪友を不快に思う程度には信仰心があった。
性質の悪いことは止めろと言ったのだが、受話器から帰ってきたのは下卑た笑い声。
音声から察するに、どうやらお面を被って踊りふざけているらしい。
後ろの方から「あいつは根性がネェからなぁ」と罵る声が聞こえてくる。
腹が立って、力一杯に電話を切った。
翌日、学校で殴ってやろうかと待ち構えていたが、肝心の彼らが来ない。
帰りの途中で、直接文句を言いに家に行ってやろうか、そんなことを考えていると、
急に職員室の方が慌しくなった。教師が呼び戻され、どのクラスも自習となる。
何か只事ではない雰囲気を皆が感じている内、全生徒が講堂に集められた。
そこで校長先生より、昨夜この学校の生徒三人が、自殺をしたと伝えられた。
三人とも自分の部屋で、首を吊っていたらしい。
周りが騒然とする中、先輩は頭を殴られたような気がした。
間違いない。死んだのは昨夜、お堂を荒らした奴らだ!
その後、校長が何を話したのかは、よく覚えていない。
家に帰ってみると、村の駐在警察官が来ていた。
前の晩に死亡者から電話があったと、家族が通報していたのだ。
告げ口するようで嫌だったが、正直に彼らと何を話したかを報告した。
知り合いの巡査は顔をしかめた。
お堂が荒らされたのは既に知っていて、多分彼らが犯人だろうと、警察も推測して
いたのだという。
「罰当たりモンが・・・」巡査の顔は歪んでいた。
不敬な行動に対する憤りだけでなく、何かを怖れているかのような顔だった。
巡査によると。
三人は昨夜家に帰り、ごく普通な様子で「ただいま」と家族に挨拶した。
その足で自分の部屋に向かい、すぐに首を吊ったのだそうだ。
時刻をすり併せて考えてみると、先輩に電話した直後に、彼らはお堂を後にして
帰宅していたと推測された。
電話を切った直後に、一体何があったんだ?
先輩は思わず寒気がした。その時感じた嫌な感じは、数日間も去らなかった。
結局、彼らは受験ノイローゼだということにされ、決着が付けられた。
三人とも進学などしないことは、村の皆が知っていたが。
お堂はそれからしばらく、鎖で巻かれて封鎖されていた。
もっともそんな厳重にしなくとも、近寄る者とていなかったそうだ。
翌年、彼は進学のため村を出た。
数年後に家族も引っ越ししてしまい、以来村には一度も帰ってはいないという。