山にまつわる怖い・不思議な話(山怖まとめ)

山の怖い話、不思議な話をまとめています。

女の顔を持った大蛇が鎌首をもたげた形で、俺たちを見下ろしていた

      2016/02/10

272: N.W 2005/08/01(月) 07:00:08 ID:mArbbp2u0
あと1週間程で、高校生最後の夏休みも終わろうと言う頃。朝っぱらから、ご機嫌な
梶がやって来た。そりゃそうだろう、自分の車を手に入れたのだから。
こんな時はやっぱり、ちょっとうらやましいなと思う。同じ高3でも、7月生まれの
梶は免許が取れるが、2月生まれの俺は、半年先にならないと試験さえ受けられない。
ドライブに行こうと言うから、この季節の事、てっきり海だと思っていたら大台ヶ原へ
行こうと言う。海へ行こうと言ってみたが、あっさり却下。
「海へ行くくらいなら、最初から貴美も積んでくる」貴美と言うのは梶の今の彼女。
「峠攻めしたいから、おまえを誘いに来たんじゃないか」まあ、それはわかるが…
道路に停めてあったのはメタリック・インディゴブルーのギャラン。運転席側のドアと、
反対の後部座席側のドアに、金銀で、斜め後方へ流れる狐火がさりげなくペイントされて
いる。なんだか走り屋にマークされそうな車だ。梶にそう言うと、さりげなく笑われた。
さては、もう何かやったな。
国道24号線を紀ノ川に沿って、橋本・五条方面へ遡って行く。
吉野とうまく行ってるのか、と梶が聞いて来る。あー、もうじき消滅だろうなと答えたら、
なんで?と聞き返された。伊吹山でのD・キス中断事件を話すと、爆笑された。
「伊吹童子にヤられたか。は、おまえらしいわ」放っとけ!
国道370号線を下市・大淀と辿り、宮滝で国道169号線へ取って南下する。
この辺から景色は、のどかな田舎町から本格的な山の中へと変わり始め、道路も直線が
減り、カーブが連続するようになって来る。梶はタイヤを泣かさず、きっちりラインを
取って、きれいに走る。普通の車だと、きっとリヤタイヤが流れてしまうような所でも、
フロントがぐっと沈み、四輪がちゃんと路面をホールドしているのがわかる。ナビ席が
女の子でも、楽しくて声を上げる事があっても、恐怖で悲鳴を上げる事はないだろう。
車もいいが、梶の腕もいい。
273: N.W 2005/08/01(月) 07:01:42 ID:mArbbp2u0
「さすが梶クン、キャリアが違いますな」
「うん?それはどう言う意味かな?ボクは先月、免許を手にしたばかりなんだが…」
よく言うぜ。梶いわく、若人は過ぎた日の事は忘れるんだそうだが。
あっという間に伯母谷トンネルを過ぎ、大台ヶ原ドライブウェイへ入った。3桁国道
より整備されているから、余計に走りやすい。バイクで走っても面白い路だが、こう
いう車で攻めるのもなかなか楽しいもんだ。
休憩も忘れて走ったお陰で、車を降りると少々腰が痛い。しばらく休んで、また走るの
かと思っていたら、大台ヶ原を歩こうと梶が言いだした。
「西コースなら初心者向きだから、行けるべさ」
昔は登山靴でないと無理な所もあったようだが、今は西コースだけならそれなりの靴で
十分だ。俺たちはどっちも、流行だったコンバースのセミバッシュを履いていた。
「おまえと歩くとなぁ、変な目に遭うからなぁ」
「あ、そりゃ俺のせりふだ」
大台ヶ原は、昔の台風のせいで出来たトウヒの白骨樹林が良く知られているが、本来は
湿潤な気候による豊かな原生林を保っている山地で、野生鹿や珍しい四季の植物を観察
する事が出来る場所である。シャクナゲ、ツツジ、シロヤシオなどが咲き誇る5月頃や、
秋の紅葉がたいへん見事なシーズンには、観光バスもガンガン入り、歩きづらい時が
あるが、夏の終わりの今頃はそんなこともない。
駐車場から左手の道を、日出ヶ岳へ向かって歩いた。荷物は、お互いウエストポーチ
1個だけ。山頂からは大峰・台高山脈が一望出来る。めったにないが、日の出を背に
した富士山のシルエットを見られる事もあるらしい。正木ヶ原ではおなじみの白骨
樹林を見る事が出来る。鹿はこの辺で多く見られると言うが、こんな時間では無理。
尾鷲の辻で、駐車場へ戻るショートカットコースがあるがパス。梶はこの先の、牛石
ヶ原から大蛇嵓がいいと言う。
274: N.W 2005/08/01(月) 07:02:57 ID:mArbbp2u0
笹に蔽われた牛石ヶ原には、昔、高僧の法力で牛妖が封じ込められたと言う石がある。
ただの石じゃないかと思ったが、そう言う事は言わずに通過。いよいよ、大蛇嵓へ。
一目見て嬉しくなった。いい具合に、まるでロウソクのように、尖がっている。
足場は悪くないが、岩稜歩きは慎重にやらないと危ない。でも、それをクリアして、
辿り着いた先の絶景は見事。この岩場の先端は鎖が張られているだけで、一足向こうは
高低差800メートル下の東ノ川渓谷。西には大峰の山々が、北には名瀑100選に
選ばれた中の滝が良く見える。
誰も来ないのをいい事に、しばらく景色に見惚れる。峰々を吹き渡る風が届ける木々の
ざわめきと、滝川の音、街中とは全然違ったセミたちの遠い声。五感が楽しむ時。
夕暮れになれば、ここは金色の光で満たされ、ヒグラシの声が届けられるのだろうか。
そんな事を思っていると、不意にセミの声がぱたりとやんだ。心なしか、流れる水音も、
数段弱まった気がする。夏の日差しだけが、相変わらず燦燦と降り注ぐ。
ざわり…と枝葉の揺らぐ音がした。俺たちは周辺に目を走らせた。
ざわり…ざわり…ざわり…
登って来た道の方から、左回りに大きく、周囲の枝葉が揺れている。鹿や熊ではない。
俺たちはほぼ同時にポーチに手を突っ込み、サバイバルナイフを抜いていた。
ざわり…ざわり…ざわり…ざわり…ざわり…
何かがゆっくり、確かに俺たちの周囲を、左から右へ取り巻いていた。
俺はそのまま登山道に目を据え、梶が俺の背中合わせに断崖の方を確かめる。
ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…
速度を上げながら、包囲網が狭まった。腰を落とし、ナイフを両手で持って腹に構える。
………………
耳が痛いような静寂。心臓が脳に来ている。
足元に影が走り、梶が低く呻いた。
275: N.W 2005/08/01(月) 07:04:06 ID:mArbbp2u0
振り向きざま、どうした、と言いかけた俺の言葉は途中で凍りついた。
梶の正面、断崖側から、女の顔を持った大蛇が鎌首をもたげた形で、俺たちを見下ろし
ていた。顔の大きさはたぶん、通常の人の2倍近くあるだろう。ヒグマ色の赤い髪が
左右に広がり、眉はなく、黒目が小さくて、青紫色の唇は大きくて薄い。鱗に蔽われた
腹側は色白の赤ん坊のような肌色、背側はアオダイショウのような鈍色に光る。
胴の太さは、直径25センチはありそうだ。
それが、俺たちの事を探るような冷たい眼で、じぃっと見つめている。
もしも、俺一人だったら、情けないがきっと腰を抜かしていただろう。冷静な友がいて
くれる事を感謝しつつ、この状況からの脱出を考える。こんな足場の悪い所で、通常の
ような立ち回りは無理。梶と二人、同時に突っ込んだとして、大蛇に与えるダメージは、
おそらくミツバチが刺した程も与えられないだろう。まして、俺たちの周りをこいつが
何巻きしているか、それさえ分からない。どうする?
隣で梶は、静かに息を整えていた。勝負に出るタイミングを計っている。
そうして、しばらく黙ったままの睨み合いが続く。
風が俺たちの髪をなぶる。
不意に大蛇の目がすっと細められ、唇がきゅっとV字になったかと思うと、不思議な
嗄れ声で笑い出した。
…くっくっくっくっくっ
可笑しくてたまらないと言うより、何か気抜けしたような響きが、その声音の中にある。
なんだ?戸惑う俺たち。
大蛇は、先程までの冷たい眼ではなく、むしろ興味深げにこちらを見、二言三言何か
言うと、断崖から東ノ川渓谷の方へ、笑いながらそのまま身を翻して降りて行った。
ざわざわざわざわざわ…
枝葉の揺らぐ音が消え、再びセミの声と滝川の音が戻って来るまで、俺たちはナイフを
握り締めたまま、そこに立ち尽くしていた。
276: N.W 2005/08/01(月) 07:05:58 ID:mArbbp2u0
俺たちがようやくまともに言葉を交わしたのは、関西空港の良く見える海辺の喫茶店に
落ち着いてからだった。
そこで話をするうちに、俺たちは意外な事に気が付いた。
大蛇の声については、某女性歌手の声を思いっきり潰したような声、と言う事で二人の
意見は一致している。問題はヤツが姿を消す前に言った言葉だ。
梶は、大蛇が自分の方を見ながら「なんと、おまえらだったとは…また懐かしい顔ぶれを
見るものよ」と言ったように聞こえた、と言う。
俺には、大蛇が俺の方を見、大部分は梶と同じだが、懐かしい顔ぶれではなく「珍しい
取り合わせ」と言ったように聞こえた。
懐かしい顔ぶれと、珍しい取り合わせ。何とも意味深な言葉だが、同時に聞いたはずの
言葉がこうまで違うものか?
俺に言われた“珍しい取り合わせ”はまだわかる。俺自身、妙なものからなんとなく
懐かしげにされたり、霊感の強い人たちから“気配が妙だ”と言われてきたから、そう
言うのと普通の人間の組み合わせ、と言う意味だと思う。
だが、梶に言われた“懐かしい顔ぶれ”と言うのは、全く持って見当が付かない。
俺たちはあんなヤツとは初対面だ。
もし、あの場にもう一人いたなら、そいつはどんな言葉を聞いただろう。

17歳と18歳。アイスコーヒーを前に悩んでいた、夏のある日の出来事だ。

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出典:http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1121734649/