藪を掻き分けながら進んでいると、急に目の前が開け小さな池が現れた
2016/03/12
しかし、学業も専門分野の勉強も上手くいかず、
いつしか死にたいと思うようになっていました。
今で言う、鬱だったのかもしれません。
真夏のある日、私は友人の勧めで
自然に触れて気分転換しようと山に行きました。
なるべく自然がそのまま残っている山を選んで登っていると、
心が晴れるどころか、この山に同化して消えたいという思いが
どんどんと膨らんできます。
私の足は自然に山道を逸れ、藪を掻き分けながら進んでいました。
しばらく進むと、急に目の前が開け、小さな池(?)が現れます。
その池はとても綺麗で、怖いとも思いましたが
私は気の向くままに服を脱いで池に入ってみました。
今考えると、一応は年頃の女が、素っ裸とは考えられません。
自暴自棄でした。死にたいと言いながら、
本当は、何か自分の中でスイッチが入って欲しい、
そのスイッチ(の弾み)で変わりたい、そう思っていたのです。
水の中を漂っていたら、
目の前を大きな藻だか海草のようなものが横切りました。
不思議に思って水面に顔を出すと、急にその藻が競りあがってきました。
それは、藻や草を浴衣のようにまとった色白の女性でした。
河童という推測が思いつきましたが、それよりも高貴な雰囲気です。
変ですが、私はかぐや姫を連想しました。
しかし次の瞬間、その女性の真っ赤な口がニヤリと開き、
ザザザと水面を移動して向かってきました。
水際まで逃げたのですが、そのままのしかかるように押し倒されます。
両手が身体を包み、しっかりと抱きかかえられてしまいました。
閉じた両足の間に、女性のヌメヌメした足らしきものが割って入り絡みつきます。
そしてあろう事か、口に齧り付かれました。口付け、という感じではなかったのですが。
続いて藻や草がどんどん私たちの上に積もり、
真っ暗な藻の中に取り込まれてしまいました。闇の中では、
私の口を貪る女性の「ん゛ーーー! ん゛ーーー!!」という唸り声が聞こえます。
凄く生臭かったのを覚えています。
しばらくパニックで動けなくなっていましたが、
いくら恐ろしくても、同じ状況が続くと人間は冷静になってくるものです。
口を塞がれたまま、私は「ここで死ぬのか」「もっと頑張りたかった」と思いました。
突然、闇の中で解放され、耳元で囁かれました。
「…………たら、迎えにいくぞ。いぶきをとるぞ」
気がつくと、池の側で服を着て倒れていました。
時計を見ると、1時間前後ほど経っています。
私は不思議な気持ちのまま、まるで操られるように下山しました。
何人かの親しい友達に話してみましたが、大抵は日射病だと言われます。
その後、私は一生懸命にやり直して、今は小さい店でデザイナー見習いをしています。
カウンターを預かって色白の女性が店に入ってくるたび、私は思い出します。
あの女性(妖怪?)は、何をしたら私を迎えに(殺しに?)くると言ったのか。
残念ながら、あの時は聞き取れなかったので気になっています。
怖いという気持ちはありません。
どちらかと言うと、日増しにもう一度逢いたい気持ちが増してきます。
(お恥ずかしい話ですが、あのとき、ほんの少しだけですがドキドキしました)
あれは、私を元気付けようとしてくれた山の神様……
なんて思うのは都合が良すぎでしょうか。
いつか、もう一度あの場所へ行ってみようと思います。
危険なのは、わかっているんですが……。逢いたいと、思うのです。