トンネルの老婆
大学三年の夏休み、彼は帰省するため山形へむけて車を走らせていました。実家のある町へ
出るためには、中腹に古いトンネルのある山道を越えなければならないのですが、出発が
遅れて山に差し掛かるころにはすっかり夜になっていました。田舎の山道のこと、ただでさえ
曲がりくねって運転しづらいのに、夜ともなれば本当に真っ暗で、早く人里に出ようと気持ち
ばかりがあせっていました。
ようやく山道も半ば、そろそろトンネルが見えるという所です。とつぜん、車のボンネットの
上に、どんっ、と音を立てて大きな赤いものが落ちてきました。彼はいきなりのことに驚き、
ブレーキを踏むのも忘れてそれを凝視しました。
ガラスにへばりつくと、「この先のトンネルを通るなぁ・・・!!」と叫びました。彼は生きた
心地もせずアクセルを踏み続け、猛スピードでトンネルに突っ込みました。トンネルに入った
途端、老婆はふっと消えてしまいました。
思考が混乱したままその短いトンネルを走り抜け、サイドミラーに映るトンネルの出口が小さく
なっていって、ようやく幾分冷静さを取り戻したときです。今度は後ろから、どん、と大きな
音がしました。はっとしてバックミラーを見ると、あの老婆がリアウィンドウにへばりついて
います。そして老婆は「トンネル・・・通っちゃったのかい・・・」とつぶやくと、再び煙の
ように消えてしまいました。彼は悲鳴を上げて、めちゃくちゃに車を走らせました。
ました。老婆の警告に従ってトンネルに入らず車を止めた人は一人もいないようですが、友人を
含めそのために禍を被った人はいないようです。