天狗が力くらべをする日
2016/12/26
山形県西村山郡の話
西村山郡大井沢中村から大井沢川に沿って、龍ヶ岳に登り、天狗小屋、ニツ石山を越えて朝日連峰の横腹にさしかかる大井沢日の途上に「天狗の角力取場」という地名がある。
緑一面のハイマツに周囲をかこまれ、花聞岩のきれいな風化砂礫が敷きつめられており、その先はほうきで念入に土俵の砂をはき浄めたかのようである。
正月の十日、この日は庄内天狗、最上天狗、米沢天狗が、力くらべをする日である。
前日から集まった大小無数の天狗どもによって、十万八千俵の餅がつきあげられ、暗いうちから龍ヶ岳で太鼓が鳴りひびく。
あたりの山々は一面雪におおわれているがここだけはきれいに掃き浄められ、純白な砂があたり一面にまき散らされている。
そしてこれから一年を支配する大天狗をえらぶ日がやってきて
定刻の十二時になると正面の一段高い所に遠く鞍馬山から飛んできた天狗が行司として、羽根のうちわをもって控え、四本柱には南部の恐山、伯者の大山、信州の浅間山、それから筑波山から馳せ参じた天狗達が座を占めるのである。
庄内、最上、米沢の三方の道からこの日の代表に選ばれたおのおのの天狗が悠々とあらわれて氷るような月の下で角力取りをやり一番勝ったものが一年間大天狗となっていられるのである。
たまたまいたずら者が四本の柱の代りにつまれた石を散らかしておいても一夜のうちにもとのようにきちんと積みなおされていて角力取場はきれいに掃除されていた。
そして角力を取る時は必ず土俵の砂上に天狗の羽あとが波状について、夏になっても消えないそうである。今日でも月夜の晩などに出谷川、見附川などの渓谷から集まってきた小天狗たちが、このきれいな砂原の土俵で遊びそしてそこは現在磐梯朝日国立公園になっている。そして時々あたり一面に彼らの羽根あとがしるされているといわれている。
しかし現在では、谷風の吹上げと峰を越えてくる卓越風との衝突がもたらす作用と考えられているらしい。
出典:山形県立小国高等学校郷土史研究部編『小国郷の伝説集』