何年か前の冬、普段はあまり行かない奥山に巻き狩りに入るんで夜明け前に集まった時
その日にそこをやろうとなったのは3日前にそこそこ雪が降って、獲物の引き出しが楽になってるだろうとの判断で、当日も集合場所についたあたりから小雪が舞いはじめてた
集合場所は猟をやる場所よりまだ大分下の林業小屋の前だったんで、回りは桧の林で樹冠に遮られて雪も少し薄かった
俺が最初に集合場所に着いて、数分後には親方や他の先輩方も到着したので、その日の範囲、射手の位置等軽い打ち合わせを始めたんだが
不意に、親方や俺等勢子が連れてきていた犬たちが一斉に吠え始めた
みんなハウンドみたいな鳴き犬じゃなくて和犬の噛み犬だったから、ふだんあまり吠えないし、興奮した一頭が吠え始めることはあっても、一斉に吠え出すことなんてまずない
それにどの犬もまだ車外ゲージや車内に入れたまま、和犬は臭いにも反応するけどそれよりは目で獲物の姿を追う方なんで、獲物の姿も見てないのにけたたましく吠え続けるのに、俺はなんだかちょっと異様に思えてビビってた
熊もでる地域だし、時間もまだ日の出前で銃は使えない
念のためみんな車内に引っ込んで様子を見ようかって言ってたら、いきなり林業小屋の前の道を挟んだ反対側の藪がガサガサッと動いて、枝みたいなものがそこから突き出てきた
枝に見えたのは一瞬で、それはデカイ鹿の角、猟をやってる人の間じゃ三股って呼ばれる三段以上に枝分かれした牡鹿の立派な角
なんだ鹿かっていう声と、立派な三股なのにタイミング悪いなって声が出るうちにそいつが藪から顔を出した
それを見て今度は俺をはじめその場の全員がギョッとした
出てきた牡鹿の顔は皮膚がズル剥けに近い状態で、眼球はほとんどは露出して口回りも皮膚が腐り落ちたみたいになって並んだ臼歯が歯茎まで丸見え
そいつはこっちを見てからダッと駆け出したんだが、地面を走って逃げるはずの鹿(?)がすぐそばの太い桧の木に蹄を打ち込むようにして登っていく
ゴンゴンゴンゴンと規則的な音をたてながらその鹿みたいな何かはあっと言う間に桧の枝の間に見えなくなり、枝を揺らす音もすぐにやんだ
みんなその場で動けなかったが、犬たちはそれが見えなくなってからもしばらくは吠え続けていたし、誰かの今日は場所を代えようという言葉に親方の家の近くの山に猟場を変更することになってそのまま来た道を戻ることに
別にそういう怪異が出るとかの伝承ある場所でもなかったので、あれがなんだったのかは未だにわからない
ただ、酒の席で親方がボソッと「鹿も一度くらい化けて出たかったのかもな」と言っていたので、そういう類いのものだったのかと思うことにしている
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提供:週末ハンター さん