上に乗った幼虫が下の羽化しかけているセミを喰っていた
2017/03/29
夜の帳が下りる頃、彼は懐中電灯を片手に、家の裏の林に入って行く。
木々の根元、夕立で少し緩んだ地面から、セミの幼虫が幾つも顔を出す。
幹や枝や葉や、それぞれ好みの所に陣取って羽化を始めるが、時々、
その最中にぽとりと地上へ落ちてしまうドジなヤツがいる。
それを再び木に戻してやる事を、彼は“セミ拾い”と呼んでいた。
その日、彼が見つけたのは、大きなセミの殻の上に掴まる、やや小さめの
セミの幼虫だった。
めったにないが、その大部分は途中で落下する。
(落ちなきゃいいけど、帰りにもう一回見てみるか)
そう思って行き過ぎようとした時、彼は下のセミの殻の背中に少し白い
部分があるのに気が付いた。
(何だ?脱皮しかけてる奴の上で、脱皮しようとしてるのか?そりゃあ
迷惑な話だぜ)
と苦笑しながら、上のセミを退けてやろうと、そこへ伸ばしかけた彼の
手が途中で止まった。
上に乗った幼虫が、下の羽化しかけているセミを喰っていた。
くっちゃ くっちゃ くっちゃ ……
よく見れば、何処となくセミの幼虫とは様子が違っている。
それは、一心不乱に喰っていた。
総毛立ち、冷や汗を流す彼には目もくれない。
そして、終いには背中の割れ目から頭を突っ込んで、中身をきれいに喰い
尽くした。
呆然と立ち尽くす彼の目の前で、それは満足げに前肢で顔をさっ、さっと
撫でると、ひょいと飛び跳ね、たちまち辺りの闇の中へ消えて行った。
「あんな気味の悪いもの、二度と見たくないね」
そう言いながら、彼はまだ“セミ拾い”を続けている。