倉庫の小父さん
彼は幼い頃、家の事情で山奥の実家に越したのだそうだ。
実家の村には小さな分校があり、そこに通うことになったのだという。
一学年が十人程度の小さな学校で、彼はなかなかそこに馴染めなかった。
倉庫の小父さんと知り合うまでは寂しかった、と彼は言う。
校舎の外れに小さな倉庫があり、体育用具などが納められていた。
そこに初老の小父さんが居ついていたのだそうだ。
なぜか彼以外の人には、その小父さんの姿は見えなかったらしい。
「ああ、こういうことも有るんだな」と、当時の彼は不思議には思わなかった。
彼は寂しくなると倉庫に行き、小父さんと他愛もないお喋りをした。
小父さんは彼の子供っぽい話を馬鹿にすることもなく、煙草を燻らせながら
頷いて聞いてくれたのだという。
彼曰く、ずいぶんと救われたということだ。
卒業間近、他の学校と合併することになり、分校は取り壊されることになった。
小父さんが別れの挨拶をしたのはその頃だった。
「俺はここから動けないから」理由を聞くと、小父さんはそう言って薄く笑った。
「ああ、そういうものなんだな」と、彼は受け入れて別れを告げた。
校舎が取り壊された翌日、彼は倉庫があった跡地に行ってみた。
いくら待ってみても、もうそこには小父さんは現れなかった。
帰り道、気がついてみると泣いていたそうだ。
「あの小父さんは一体何だったのかな」彼は懐かしそうにこの話をしてくれた。
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