祭囃子の合いの手
夜テントの中で横になっていると、どこからか祭囃子が聞こえる。
不思議に思ったが、風の加減で遠くのものが聞こえることもあるんだろうと考えそのまま寝てしまった。
翌日目が覚めて下山すると、町が大騒ぎになっている。駐在さんに呼び止められていろいろ事細かに聞かれた。
どうやら、町に住む若い女性が行方不明らしい。
誘拐だ、家出だという声が聞こえたが、神隠しだと誰かが言った。
そういえば祭囃子に狐のような鳴き声が合いの手にはいっていたな、と思い出したが、
誰にも喋らず、汽車に乗ってその町を出た。
汽車でうたたねをしていると、「もし・・・」と声をかけられた。
見ると、あでやかな着物姿の女性が恥ずかしそうに口元を袖で押さえて立っている。
「これを、私の家族にお渡ししていただけますか?」
そういって、赤い錦の小袋を差し出した。
彼は寝ぼけてたせいもあって、ついその袋を受け取ってしまった。
ふと女の顔を見ると、妙に目が吊り上っている。
気味が悪くなり、「困る、なぜ俺が」と袋を返そうとしたが女はひょいと身をかわす。
「お願いいたします」「いや、困る」「お願いいたします」
押し問答をしていると、ふいに女の姿がかき消えた。
外を見ると、汽車は鉄橋を渡っていた。
川は渡れないのだな、となんとなく思った。
袋を開けると、人の歯がいくつもじゃらじゃらと出てきた。
びっくりした彼は捨てようと思ったが、それも気味が悪い。
処分に困った彼は、その町の駐在所あてに郵便で送ってしまったという。
数年後、その山にまた登る機会があったので、ついでに町に寄り
当時のことをそれとなく聞いてみた。
見覚えのある駐在さんが頭をふりふり言った。
「覚えてますよ。嫌な事件でした。犯人から、被害者の歯が送られてきましてね・・・残酷でしょう」
彼は内心冷や汗が出た。どうやら自分が殺人犯にされているらしい。
そそくさと退散しようとしたとき、駐在さんが奇妙なことを言った。
「でも、家族にそれを見せたら、なんだか妙に納得されましてね。
町の人も急に捜査に協力してくれなくなりましたし・・・
なんだか町中が嫌な雰囲気でしたよ」
送られてきた歯には、上下の犬歯だけが欠けていたという。